大判例

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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)4949号 決定

申立人(原告)

家永三郎

相手方(被告)

主文

相手方(被告)国は文部大臣の保管する。

(一)  申立人(原告)の著作にかかる高等学校新日本史(昭和三七年八月一五日検定申請)について、昭和三八年二月二〇日教科用図書検定調査審議会の社会部会日本史小委員会に提出された三名の調査員の各調査意見書および評定書並びに教科書調査官の各調査意見書および評定書

(二)  申立人(原告)著作にかかる高等学校新日本史(昭和三八年九月三〇日検定申請)について、昭和三九年三月一六日教科用図書検定調査審議会の社会部会日本史小委員会に提出された三名の調査員の各調査意見書および評定書並びに教科書調査官の調査意見書および評定書

を提出せよ。

申立人(原告)のその余の申立てを却下する。

理由

第一  申立ての趣旨

申立人(原告、以下単に原告という。)は、「相手方(被告、以下単に被告という。)は次の文書を提出せよ。

(昭和三七年度申請にかかる検定に関するもの)

(一)  原告著作にかかる高等学校新日本史(昭和三七年八月一五日検定申請)について昭和三八年二月二〇日教科用図書検定調査審議会の社会部会日本史小委員会(以下単に社会部会日本史小委員会という。)に提出された三名の調査員の各調査意見書および評定書並びに教科書調査官の各調査意見書および評定書

(二)  昭和三八年二月二〇日開催の日本史小委員会の審議録中原告著作にかかる新日本史の審議部分

(三)  昭和三八年二月二六日開催の社会科部会の審議録中、原告著作にかかる新日本史についての審議部分

(四)  昭和三八年三月一三日開催の社会科部会の審議録中、原告著作にかかる新日本史についての審議部分

(五)  原告著作にかかる新日本史についての昭和三八年三月一三日、教科用図書検定調査審議会会長天野貞祐から文部文臣に対する答申書

(昭和三八年度申請にかかる検定に関するもの)

(六) 原告著作にかかる高等学校新日本史(昭和三八年九月三〇日検定申請)について、昭和三九年三月一六日社会科部会日本史小委員会に提出された三名の調査員の各調書意見書および評定書並びに教科書調査官の調査意見書および評定書

(七) 昭和三九年三月一六日開催の日本史小委員会についての審議録中、原告著作にかかる新日本史の審議部分

(八) 昭和三九年三月一七日、開催の社会科部会の審議録中、原告著作にかかる新日本史についの審議部分

(九) 原告著作にかかる新日本史についての昭和三九年三月一七日、教科用図書検定調査審議会会長天野貞祐から文部大臣に対する条件付合格の修正意見を付した答申書

(両年度検定に共通するものおよびその他)

(一〇) 昭和三七年度および同三八年度検定に際し原告著高等学校用教科書「新日本史」について教科用図書検定調査審議会で作成された修正意見書

(一一) 昭和三七年度および同三八年度検定に際し右「新日本史」について右審議会の判定内容を明らかにした書面

(一二) 昭和三九年四月一八日開催の社会科部会の議事録中、右「新日本史」についての審議部分

(一三) 右「新日本史」について昭和三九年四月一八日教科用図書検定調査審議会会長天野貞祐から文部大臣に提出された答申書」

との文書提出命令を求めた。

第二  文書提出義務の原因および被告の意見に対する反論

一、「引用文書」の提出義務(民事訴訟法三一二条一号)

(一)  被告はその第一準備書面第五項において、原告著「新日本史」の昭和三七年度および昭和三八年度申請にかかる検定の経過を述べ、その過程で作成されたとする原告の本件申立ての各文書(ただし、(一〇)、(一一)を除く。)の存在を引用している。〈中略〉

二、「関係文書」の提出義務(民事訴訟法三一二条三号後段)

民事訴訟法三一二条三号後段にいわゆる「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成」された文書とは、法律関係それ自体を記載した文書だけではなく、その法律関係に関係のある事項を記載した文書であればよいと解すべきである(前掲コンメンタール三七九頁)。

前記申立ての趣旨記載の各文書はいずれも原告執筆の「新日本史」の合格・不合格を決定する検定処分という法律関係もしくはその法律関係に関係のある事情を記載した文書であるから、同項のいわゆる「関係文書」として、文書の所持者たる文部大臣または審議会(ひいては被告国)が提出義務を負うものである。

(一)  前記調査意見書・評定書・修正意見書・審議会の判定内容を明らかにした書面および答申書は、挙証者たる原告と右各文書の所持者たる文部大臣(もしくは被告国)との間において、教科書執筆者たる原告の利害に重大なかかわりあいをもつ検定処分という法律関係について作成されたものというべきであるから、文部文臣ひいては被告はその提出の義務を負うことは明らかである。

(二)  審議会の審議録は、単なる内部的な自己使用のために作成されたものでなく、公的機関としての審議会の議事手続が公正に行なわれたことを示すために作成されるものと解され、その記載事項も審議会の判定の内容まで含まれるとされているから(被告第一三回準備書面第二項)挙証者たる原告と文書の所持者たる審議会(もしくは被告国)との間における検定処分という法律関係あるいはこれに関係のある事項を記載した文書として、所持者たる審議会ひいては被告国はその提出義務を負うものといわねばならない。

三、〈省略〉

四、被告の意見に対する反論

(一)(1)  民事訴訟法においては当事者主義・弁論主義が原則とされ、そこでは対等な訴訟主体の存在を予定している。しかし、現実には当事者が完全に対等であることはほとんどないといつてよい。そのような場合に弁論主義を機械的に適用すれば実質的に不平等を生ずることは明らかである。このため、「対等な当事者」を前提とする古典的な弁論主義は修正を余儀なくされ、裁判所の後見的協力が要請されるようになる。具体的には、口頭弁論あるいは準備手続の段階においては裁判所の釈明権(民訴法一二七条、二五六条等)、立証の段階においては文書提出命令(同法三一一条以下)がそれである(釈明権につき、三ケ月章「民事訴訟法」一六二頁以下参照)。

このような裁判所の後見的協力は、特に本件のような国対私人間の訴訟においては強く要請されるのである。一私人と膨大な機構と権限を備えた国とは決して対等ではあり得ないからである。その点で、当事者主義の原則を採用した刑事訴訟においても、捜査機関ないし訴追機関と被告人との実質的な平等をはかるため裁判所に後見的な役割を認めていることは、民事訴訟法の解釈にあたつても充分考慮されなければならないであろう。

(2)  前項に述べたように、民訴法三一一条以下の文書提出命令の制度は、裁判所が後見的機能を果たす一場合として捉えられなければならない。すなわち、一方当事者がある文書を挙証のため必要とするにも拘らず当該文書が対立当事者あるいは第三者の手中にあつて提出できない場合に、裁判所が後見的に命令を発することによつて文書の提出をはかる制度である。

ただ、相手方が文書の存在を認めていなかつたり当該文書が訴訟外の第三者の手中にある場合には、直ちに文書不提出の制裁を課することは適当でないので特に一定の場合に限つて提出命令を受認すべき義務を認め、相手方が文書を所持ししかも準備書面等に引用することによつてその存在を争つていないことが明らかな場各にはそのような制約なしに提出を義務づけたのである。

(3)  右に述べたように文書提出命令の制度はあくまで裁判所の後見的機能に基づくものとして理解されなければならないのであつて、被告はすでにその点で誤まつているといわなければならない。また、三一二条一号の解釈についていえば、前項に述べたように「訴訟において引用したる文書」の意義を当事者が文書の存在を引用した場合の意味に解することには充分の合理的根拠が存在するのである。被告の主張するように証拠として引用した場合に限ると解することは同号の明文の規定に反し、また同号を定めた趣旨を没却する結果となろう。

(4)  さきに述べたように、三一二条一号は当事が文書の存在を引用した場合、すなわち相手方が文書の存在を争つていない場合には、一定の制約なしに広く文書の提出義務を認めるものである。したがつて、相手方が文書の存在を争わないことが明らかであればよいのであつて、「訴訟において引用」を被告の主張するように狭く解する必要はない。直接の引用はなくても準備書面での主張によつて当該文書の存在が明らかとなる場合、あるいは釈明の結果明らかとなつた場合も「訴訟において引用した」場合と同視して何ら差支えないのである。この点でも被告の主張は失当である。

(二)  被告は、本件文書はいずれも自己使用のための文書であつて「法律関係に付作成せられた」文書にあたらないと主張する。しかし、調査員および教科書調査官の各調査意見書及び評定書については、それらに基づいて審議会の合否の判定が下されるのである。また、大臣の最終的決定は答申書に基づいてなされ、各調査意見書及び評定書はそれに添付されるのである。審議会の議事録は審議会の判定がいついかなる経緯で下されたかを示すためのものである。いずれもその作成は内規にせよ義務づけられたものであり、しかも行政処分を決定するに与つた重要な事項を記載した文書であるから、メモ等の自己使用の文書と同視することは全く誤りである。

(三)  被告はさらに、民事訴訟法二七二条の類推適用により提出義務はないと主張する。

しかし、同条は国民の証言義務の例外を定める規定であつてみだりに類推適用されるべきものではない。さらに、同条にいう「職務上の秘密」とは「それを公表することが国家あるいは公共の利益を害する性質を有する事項」(大判昭和一〇・九・四評論二四巻民訴四四八頁)であつて、本件文書がそれにあたらないことは明らかである。むしろ表現の自由、学問の自由等の基本的人権に関わる本件においては、行政手続面での憲法三一条の要請からいつても、関係文書は当然に公開されなければならないものであつたのである。まして、訴訟において手続の適憲性、適法性が争われ、しかも本件文書はその点に関する直接的な唯一の立証方法である以上、原告の被る「立証上の重大な不利益を無視して、どこまでもその記載内容の秘密を保持すべき本質的な理由は存しない」(東京地方裁判所昭和四一年一一月一九日決定)というべきである。

第三  被告の意見

一、原告が提出を求める本件文書は、いずれも民事訴訟法三一二条一号にいう「当事者が訴訟において引用したる文書」にあたらない。

(一)  同法条にいう「当事者が訴訟において引用したる文書」の意義については、原告も認めているように、文書そのものを証拠として引用した場合を意味するとの見解(兼子一民事訴訟法条解七九三頁、法律実務講座四巻二八三頁)と当事者が文書の存在を引用した場合を意味するという見解(菊井維大、村松俊夫コンメンタール民事訴訟法Ⅱ三七八頁)とがある。この点について、被告は次に述べる理由から前者の見解が正当なものと考える。

民事訴訟法三一二条に規定する文書提出命令の制度は、挙証者のため、反対当事者や第三者の手中にある書証を裁判所の命令によつて利用させようとするものである。これは、当事者の責任と負担において訴訟の進行を図ることを建前とする民事訴訟においては、異例のことである。しかも、文書提出命令が対立当事者に発せられる場合を考えてみると、対立当事者は自己の意に反してまでも手中にある書証を相手方のため利用させることを受忍する義務を負い、もしこの命令に従わない場合は裁判所により当該文書に関する相手方の主張を真実と認められる危険を負担しなければならないのである(民事訴訟法三一六条)。このような不利益を対立当事者に負担させるには、それ相応の合理的な理由がなければならない。いま、民事訴訟法三一二条二号をみると、挙証者がもともと文書の所持者に対して当該文書の引渡しまたは閲覧を求めることができる場合であるから、所持者が対立当事者であつても、これに対して文書提出命令を発せられることも、やむを得ない。次に、三号をみると、文書が挙証書の利益のために作成されたものである場合か、または挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたものである場合であつて、当該文書に対して挙証者が有する利益がいずれも大きい場合であるから、提出命令によつてその利益を保護する必要がある。このように民事訴訟法三一二条二号、三号の場合は、いずれも対立当事者について文書提出命令を受忍すべき合理的な理由がある場合である。それでは、同条一号の場合はいかなる合理的な理由があるのか。もし、「訴訟において引用したる文書」の意義を、当事者が文書の存在を引用した場合の意味に解すると、たとえば準備書面においてある文書の存在について一言半句でも言及した以上、たちまちにして当事者は当該文書の提出を義務づけられることになる。しかし、対立当事者にそのような不利益を負担させる合理的な理由は見出せない。「訴訟において引用したる文書」の意義を、当事者が文書そのものを証拠として引用した場合、すなわち口頭弁論論や準備手続においてあるいは未陳述の準備書面において文書を証拠として提出する意思を表明した意味に解すると、どうであろうか。当事者は自己に有利な場合に文書を証拠として提出するのが通常であるから、当事者がいつたん文書を証拠として提出する旨の意思を表明した以上、当事者に提出義務を負担させてもその不利益はさほど大きくなく、禁反言の法理に照らして、そのような措置は是認できるところである。このように、「訴訟において引用したる文書」の意義を、当事者が文書そのものを証拠として引用した場合の意味に解することによつて、はじめて同条一号は合理的な制度として理解できるのであつて、同条項はそのように解するのが正当である。

してみると、原告が提出を求めている本件文書が、いずれも右の意義での当事者が「訴訟において引用したる文書」にあたらないことは明らかである。

(二)  また、原告が提出を求めている文書のうち教科用図書検定調査審議会(社会科部会および日本史小委員会を含む。)での議事録および同審議会から文部大臣への答申書については、検定手続においては通常そのような種類の文書が作成されることを述べたにとどまり、原告に関する本件係争の検定手続において、そのような文書が存在することについてはなんら述べていない。したがつて、かりに「当事者が訴訟において引用したる文書」の意義を当事者が文書の存在を引用した場合の意味に解しても、右の文書については、いずれも提出義務がない。

また、右の文書については、被告は、従前訴訟において当該文書の存在について一般論としても主張しなかつたのであるが、原告が昭和四一年八月二〇日以降再三にわたつて釈明の要求をなしたため、やむなく昭和四二年八月九日付の準備書面において、一般論としてそのような文書の存在を認めたものである。このような場合には、同条一号の「引用」の語義からも離れるばかりでなく、もし提出義務を認めると、文書を所持する当事者の秘密保持の利益を不当に奪う結果になるので、「訴訟において引用したる文書」には該当しないものといわなければならない。

二、原告が提出を求める本件文書は、いずれも民事訴訟法三一二条三号後段にいう「文書が……挙証者と文書の所持者との間の法律関係に付作成せられたるとき」にあたらない。

本件文書は、いずれも法令に基づいて作成されたものではなく、文部大臣および教科用図書検定調査審議会が検定を慎重公正に行なために作成するまつたく自己使用のための文書である。そして、自己使用のために作成された文書が、同条三号にいう「文書が……挙証書と文書の所持者との間の法律関係に付作成せられたるとき」にあたらないことは通説であるので、本件文書については同条項による提出義務はない。却ち、

(一)  原告が提出を求める本件文書は、いずれも文部大臣が、検定を慎重公正に行なうために、事務的・内部的に作成されたものであり、特定の私人の利用のために作成されたものではないから、これを挙証者(検定申請者)と文書所持者との間の「法律関係に付作成せられた」文書ということはできない。仙台高裁昭和三一年一一月二九日決定(下民集七巻一一号三四六〇頁)も、提出を求められた文書が相手方会社の土地売買代金支払いに関する稟議書である場合には、本号に該当しない旨判示し、文書提出命令の申立てを却下している。学説も、行政庁作成の文書が本号後段の文書に当るか否かにつき、「……行政庁ノ処分ヲ記載シタル書面……ハ之ニ属ス、然レトモ所持者カ自己ノミノ使用ノ為ニ作成シタル帳簿殊ニ家事上ノ帳簿ハ計算書及当初ヨリ証書タルノ性質ヲ有セサル書面殊ニ手紙ハ之ニ属セス、公益ノ為ニ行政庁ノ作成シ且保存スル記録モ亦然リ……」(松岡義正・民事証拠論四七七頁)と述べ、行政庁の処分書以外の文書は、本号後段の文書に該当しないものといわなければならない。

(二)  本件文書は、「挙証者と文書所持者との間の法律関係」に付き作成されたものではない。

本件検定の検定申請書は、訴外株式会社三省堂であつて原告ではない(被告答弁書「請求の原因に対する答弁」第二)。したがつて、本件文書が「挙証者と文書所持者との間の法律関係」に付き作成された文書に当らないことは明らかである。

三、原告には本件文書の提出を求める利益がない。

原告は、本件文書によつて立証すべき事実として、「原告執筆にかかる、昭和三七年度申請および昭和三八年度申請の教科用図書『高等学校新日本史』についての検定経過とくにその手続の詳細な経緯について」述べている。けれども、原告は右検定手続の詳細については従前なんらの主張をも行なつていない。それゆえ、原告は本件文書の提出を求める利益はなく、この観点からも却下を免れない。

四、民事訴訟法二七二条の類推適用により本件文書については提出義務はない。

本件文書について文書提出命令が発せられた場合、その記載内容から個々の調査員、教科書調査官、教科用図書検定調査審議会委員が検定手続においてどのような意見を述べたかが公表されることになる。このように個々人の述べた意見が公表されることになると、検定申請者等から不当な圧力が加わり、検定の公正が保たれないおそれが多分に予測され、自由な意見の表明が抑制されるおそれがあり、今後、公正かつ慎重・綿密な検定を行なううえに重大な支障が生ずる。それゆえ、本件文書の内容は公務上の秘密として公表できないものであり、民事訴訟法二七二条の類推適用により本件文書については提出義務はない。

第四  裁判所の判断

一本件記録によれば、被告は口頭弁論で、原告が提出を求める文書のうち、調査員の調査意見書、評定書並びに教科書調査官の調査意見書、評定書(申立ての趣旨のうち(一)及び(六)の文書)について、次のように主張している。

まず、申立ての趣旨のうち(一)の文書については、

「本件の対象となつた原告著「新日本史」の検定の経過について

1、検定申請と文部省における調査

(1)昭和三七年八月一五日に、株式会社三省堂から、原告を著作者とする高等学校「新日本史」の検定の申請が行なわれた。

(2)右の原稿(受理番号七―二〇五)は、直ちに社会科の教科書調査官に回付されて、関係教科書調査官の調査が行われた。そして昭和三八年一月一八日に日本史関係の教科書調査官の会議が、また翌一九日には、社会科の教科書調査官会議がそれぞれ行われ、調査評定結果は主査教科書調査官渡辺実と副主査教科書調査官村尾次郎によりとりまとめられた。

2、審議会における審議

(1)昭和三七年一〇月二四日に右の原稿について文部大臣から教科用図書検定調査審議会に対して諮問が行なわれた。

(2)昭和三七年一一月上旬に審議会に所属する調査員三名(い調査員およびろ調査員は高等学校教諭、は調査員は大学助教授)に原稿を送付し、調査に付した。昭和三七年一二月下旬までに右の調査員よりそれぞれ調査評定結果の回答があつた。

(3)昭和三七年一二月上旬、社会科部会の委員一五名に対し、この原稿を送付し、調査に付した。

(4)昭和三八年一二月二四日、社会科部会の日本史小委員会(総員三名)を開催した。委員の出席が一名であつたため次回において審議することになつた。

(5)昭和三八年二月二〇日、日本史小委員会(総員三名、出席者三名)が開催された。会議には、前記三名の調査員の各調査意見書及び評定書ならびに教科書調査官の調査意見書及び評定書がそれぞれ提出され、主査の渡辺教科書調査官により各調査意見書及び評定書について説明が行なわれた。その後各委員の意見の開陳があり、審議が行なわれたが、その結果、この原稿には、正確性、内容の選択について著しい欠陥があり、教科書として適格でないと認めることに委員全員の意見の一致を見るに至つた。」

との主張があり、また、申立ての趣旨のうち(六)の文書については、

「昭和三八年度申請にかかる検定について

1、検定申請と文部省における調査

(1)昭和三八年九月三〇日に、株式会社三省堂から原告を著作者とする高等学校「新日本史」の検定の申請が行なわれた。

(2)右原稿(受理番号八―一九六)は、直ちに社会科の教科書調査官に回付されて関係教科書調査官の調査が行なわれた。そして、昭和三九年三月一二日に日本史関係の教科書調査官の会議が、また翌一三日には社会科の教科書調査官会議がそれぞれ行なわれ、調査評定結果は、主査教科書調査官渡辺実、副主査教科書調査官貫達人によりとりまとめられた。

2、審議会における審議

(1)昭和三八年一一月一九日、右の原稿について文部大臣から教科用図書検定調査審議会に対して諮問が行なわれた。

(2)昭和三八年一〇月下旬、審議会に所属する調査員三名(い調査員およびろ調査員は高等学校教諭、は調査員は大学助教授)に原稿を送付し、調査に付した。

昭和三八年一二月上旬までに右の調査員によりそれぞれ調査評定結果の回答があつた。

(3)昭和三九年一月上旬、社会科部会の委員一五名に対しこの原稿を送付し、調査に付した。

(4)昭和三九年三月一六日、社会科部会の日本史小委員会(総員三名、出席者三名)が開催された。会議には、前記三名の調査員の各調査意見書および評定書ならびに教科書調査官の調査意見書および評定書が提出され主査の渡辺教科書調査官より各調査意見書および評定書の説明が行なわれた。その後各委員の意見の開陳があり、審議が行なわれたが、この原稿については内容の選択や正確性表記表現に相当の欠陥が認められるが、一応条件付合格の取り扱いにするのが相当なものと認められた。」

と主張されている(いずれも被告提出の第一回準備書面五(一)および(二)に記載)。右主張によれば、被告は、本件訴訟において、原告の申立ての趣旨(一)および(六)の各文書を引用したものというべきである。

この点につき、被告は、民事訴訟法三一二条一号にいう「訴訟において引用したる文書」とは、当事者が文書そのものを証拠として引用した場合すなわち口頭弁論や準備手続において、あるいは未陳述の準備書面において文書を証拠として提出する意思を表明した場合をいうものであると主張するが、右の「訴訟において引用したる文書」なる文言を、とくに挙証のために引用した場合にのみ限定して解釈しなければならない根拠を見出すことができない。即ちここにいう引用とは、当事者が口頭弁論等において、自己の主張の助けとするため、とくに文書の内容と存在を明らかにすることを指すものと解するのが相当である。

次に被告は右の各文書については、原告において、立証すべき事実上の主張をしていないから、原告には文書の提出を求める利益がないと主張するが、原告は、本件調査員並びに調査官の各調査意見書並びに評定書によつて立証すべき事実について主張をしているものと認められるから、被告の右主張も採用できない。

被告は、さらに、右文書は民事訴訟法二七二条の類推適用により提出義務がないと主張するが、当事者が訴訟において引用した文書を所持するときには、その当事者は右文書の提出義務を負い、不提出の場合に訴訟上一定の効果を生ずることは民事訴訟法三一二条、三一六条によつて明らかであり、とくに免責の定めはないものと解すべきであるから、この点に関する被告の主張は失当である。

以上のとおりであるから、原告の申立てにかかる文書中(一)および(六)の文書については被告において提出義務があるものといわなければならない。

次に本件申立てにかかるその余の文書(申立ての趣旨(二)乃至(五)(七)乃至(一三)の文書)については、本件訴訟において引用された形跡はない。もつとも、被告は第一三回準備書面において、原告からの昭和四一年八月二〇日付けの釈明要求に対して、次のとおり述べている。即ち、

「一、教科用図書検定調査審議会(以下「審議会」という。)における審議および答申について

1、審議会の審議のさいには、三人の調査員および教科書調査官の作成した調査意見書および評定書各四通が提出される。調査意見書(乙第一五号証参照)には、教科用図書検定基準(以下「検定基準」という。)に照らして欠陥として指摘する個々の個所およびその指摘の理由が記載されている。評定書(乙第一六号証参照)には、調査意見書の指摘にもとづき、検定基準の絶対条件、必要条件の各項目ごとの評定(評点を含む。)および総合的な評定が記載されている。(調査意見書および評定書の記載方法の詳細については、「調査員の手びき」(昭和三七年度高等学校用・乙第一七号証)参照)

2、審議会においては、これらの調査意見書の個々の指摘について、その適否が審議される。また、審議会の委員による調査意見の適否もあわせて審議される。この審議の結果欠陥と判定された個所については、その欠陥が調査意見書に指摘されているものであるときは、調査意見書の「審議会判定」欄に欠陥である旨記載され、また、その欠陥が審議会の審議の過程で新たに指摘されたものであるときは、「修正意見書「(乙第一八号証参照)に記載される。

審議会は、右の欠陥の数および性質を基礎とし、前記の評定書の評定結果を参考として、審議会の原稿審議に関する内規(乙第九号・第一〇号証)にしたがつて、絶対条件および必要条件の合否の判定を行ない、当該図書の合否の総合判定を行なう。

3、右の結果不合格と判定した場合は、審議会の文部大臣への答申は、不合格と判定した旨および不合格理由を記載した答申書に、右の修正意見書および調査意見書・評定書(各四通)を添付し、さらに審議会の判定の内容(検定基準の各項目ごとの評定および総合判定)を書面上明らかにして行なわれる。

4、文部大臣は、審議会の答申のとおり決定し、その結果は、検定申請者に通知される。

なお、検定申請者に通知される不合格理由は、答申書に記載されている不合格理由と同文のものである。

二、審議会の議事録について

審議会の部会(小委員会を含む。)では、議事の概要を記載した議事録が作成される。

(教科用図書検定調査審議会規則(乙第六号証)第一五条第三項参照)

右の議事録には、次の事項が記載される。

(1)開催の日時および場所

(2)出席委員氏名および出席委員総数

(3)上程された原稿名およびその判定結果

(4)判定についての議事の大要

(5)その他文部省側出席者等」

というのである。

しかし、右の陳述は、原告からの釈明要求に応じて、一般的な取扱いを述べたものにすぎず、かつ、被告が自己の主張の助けとするため積極的に文書の内容と存在に言及したものではないのであるから、これをもつて被告が引用したものと解すべきではない。よつて、右の各文書を「訴訟において引用した文書」として、被告に対して提出義務を負わせることはできない。

二次に原告は、本件各文書がいずれも民事訴訟法三一二条三号後段にいう挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成された文書にも該当すると主張するので、この点について判断する。

民事訴訟法三一二条三号後段にいう挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成された文書とは、挙証者と文書所持者との間に成立する法律関係それ自体を記載した文書(従つて、契約のみならず一方的意思表示のごとき、法律行為についての文書がこれに当るといえよう。)だけではなく、契約や草案や契約締結のための交渉過程で作成された往復書簡のごとき文書も含まれるものと解されるが、同条三号は「文書が挙証者の利益のために作成せられ又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成せられたるとき」というように、前段について具体的かつ限定的な内容規定をし、これと後段の文書とを同列に結んで規定しているので、右の法律関係になんらかの意味で関係ありと考えられる事項を記載した一切の文書というように包括的ないし、もうら的な内容のものと解すべきではなく、その法律関係と文書の記載事項との関連性や文書作成の目的などにてらして、限定的に解すべきであつて、文書の所持人が自己固有の使用のために作成した文書のごときは、同号後段の文書に該当しないものというべきである。

ところで、本件申立ての趣旨(二)乃至(五)、(七)乃至(一三)の各文書は、いずれも教科用図書検定に際し、文部大臣の諮問機関である教科用図書検定調査審議会が、当該教科書につき調査、審議答申等を行なうに当つて作成した文書である。そして、右審議会は、文部大臣の諮問機関として、文部省に設置されたものであるが(文部省設置法二七条)、文部大臣の諮問に応じ、検定申請の教科用図書および通信教育用学習図書を調査し、および教科用図書に関する重要事項を調査審議し、ならびにこれらに関し必要と認める事項を文部大臣に建議することを所掌事務とし(昭和二五年五月一九日政令一四〇号教科用図書検定調査審議会令一条)、教科用図書の検定は、右審議会の答申にもとづいて、文部大臣がこれを行う(昭和二三年四月三〇日文部省令第四号教科用図書検定規則二条)ものとされている。また、審議会の審議録その他の文書作成については、法律、政令または省令はなんら定めるところはなく、ただ、省令が「審議会の議事手続その他その運営に必要な事項は審議会が定める。」(右審議会令一三条)と規定するだけであつて、審議会の審議録を作成するかどうか、作成する場合にはどのような方法により、またどの程度の内容のものにするか、部会、小委員会の審議の場合にはどうするかなどについては、審議会に一切まかせられているものと解せざるをえない。

これらの規定を総合してみると、検定申請から文部大臣の検定処分にいたるまでの間、右審議会が行なう調査、審議、建議等は、その性質上、文部大臣が検定申請の合、否をきわめる場合の判断資料を準備し提供する行為であつて、文部大臣固有の思考過程に属するところの行政庁内部の行為にほかならない。そして、審議会、社会部会又は同部会日本史小委員会等における審議内容を記載した議事録は、審議会自身の用に供するために作成したものというほかなく、審議録以外の前記文書も、審議会が行政庁の内部において、諮問者たる文部大臣に対する報告ないし意見伝達の手段として作成した文書であるというべきである。

結局前記各文書は、被告国の行政庁が自己固有の使用のために作成した内部的な文書であつて、行政庁が公共の利益を実現することを目的とする国家機関であるからといつて、右文書が行政庁の内部的文書であることを否定する根拠とすることはできない。

以上のとおりであつて、原告の申立てにかかる文書中(一)および(六)の文書を除くその余の文書は、民事訴訟法三一二条三号後段の文書に当らないから、被告はこれについて文書提出の義務を負わないと解するのが相当である。

よつて本件文書提出命令申立ては、申立ての趣旨(一)および(六)の各文書についてはこれを認容し、その余の各文書についてはこれを却下することとし、主文のとおり決定する。(緒方節郎 小木曾競 藤井勲)

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